第121回 歴史を学ぶ

9月20日、昨夜から心配していた雨も上がり、隅田川貨物線の大歩道橋のエレベーター落成式が11時から南千住コツ通り商店会主催で開かれました。荒川台東の都議区議・各町会長や区長さん・都六建の工事関係者・商店会会長・周辺の住民の方々等50余名にご出席願って盛大に執り行うことが出来ました。長年の子供達や高齢者の不便さが少しでも解決されたのではないかと思い喜んでおります。

この歩道橋の経緯は敗戦後の昭和21年(1946)に都道補助108号線として都市計画決定され昭和41年(1966)に認可され、昭和57年(1982)3月にトンネルが完成し、自動車のみの通行道路でした。その年の12月に人と自転車の為の3階建以上の高さの歩道橋が開通しましたが、子供や高齢者や自転車の人には大変不便な橋であることが分かり、周辺住民が翌年の58年から東京都に(道路が都道の為)訴え始めました。

荒川区長が挨拶の中で「トンネルの建設にあたり当初の住民説明会ではトンネル内に人と自転車と自動車が通行出来るものである内容であったが、周辺の知識人の偉い人々の反対意見により変更になった」とハッキリ話されていました。

なぜ、人は身なりや職業によって人を差別するのでしょうか。少数の人のエゴのために大勢の人が長い年月不便を強いられてきたよい例であると思います。詳細は機会があればお話したいと考えております。

9月3日、眞養寺(日蓮宗)にて行われた「南千住の歴史を語る会」で、荒川ふるさと文化館館長野尻先生と亀川先生と私の三人が延命寺(浄土宗)の延命地蔵の歴史について語りました。150名余りの参加者の熱気溢れる会となり、眞養寺の染山ご住職と奥様の永い間のご努力に感謝申し上げます。

また、毎回奥様のお客様へのおもてなしのお茶会が愛され歴史好きの我々には一年間が待ち遠しく永く会を開催していただくことを強く希望致します。

9月30日のお地蔵様のある延命寺で「江戸時代の一級国道(日光街道・奥州街道)に恐ろしくて怖いお仕置場(江戸の刑法にのっとり、火あぶり・首切り・ハリ付けを行った場所)を設置したのか」について都立足立東高校の先生生徒30名で古い写真を見たり説明を聞いて勉強をしました。

延命寺が人の「生と死」の場所であること、その証として「延命地蔵尊」・「子育観音」・「百度石」(病気の治癒や安産を願うもの)また、日蓮宗のお題目搭(浄土宗のお寺になぜ日蓮宗のものがあるのか)・馬頭観音(死んだ牛馬の処理する場所 江戸時代は幕府の許可なく勝手に牛馬の処理を行ってはいけないことになっていた。それは昔から支配する側の貴重な武具であり薬であり食料であったため幕府が管理していた)があること。全員が私の話を一生懸命に聞いてくれ質問も活発に出て一時間の授業を終えました。

南千住は歴史の宝庫です。秋の一日街歩きをしながら町の歴史勉強をして下さい。町を愛して下さい。健康のためにも歩きましょう。

仙成こと杉山六郎

すまいるたうん第193号平成23年10月13日