「こう見えましても、わたし、生まれは、『USA』(ユー・エス・エー)なんですよ!」
落語家の十一代目・桂文治さんが、高座の「まくら」でよく披露するネタです。USA? アメリカの生まれ? まさか、どう見ても日本のおっさんなのに? お客さんに、こう思わせておいて、
「USA、(ローマ字読みで)『ウサ』。大分県宇佐市の生まれです。実は私、宇佐市の観光大使をお引き受けしているんですよ。でも、観光大使って、いったい何をすればいいんですかねえ? そう、宇佐市の市長さんにうかがいましたら、市長さん、こうおっしゃったんです。『寄席とか、たくさんのお客さんの前でお話しされるでしょう? その時、ひと言、ひと言でいいですから、〈宇佐市〉の名前を言ってくださいよ、それだけでいいんですよ!』…。だから今、言ったわけ。これにて任務、完了!」
ここで、ドッとウケます。
長く「桂平治」の名前で、豪快で底抜けに明るい話っぷりが人気を博し、昨年、長い伝統がある名前を襲名したばかり。注目株の落語家、文治さんが宣伝してくれれば、効果はばつぐんでしょう。
私も、九州には仕事や旅行で何度か行きましたが、宇佐市のことは文治さんの落語を聞くまで、あまり知りませんでした。全国各地にある八幡様の総本宮とされる宇佐神宮などが有名だそうです。荒川区にも都電「宮ノ前」停留所すぐ近くに尾久八幡神社がありますよね。その総元締めということです。
昨年暮れ、横綱白鵬関が、宇佐市の観光交流特別大使に就任したという記事が載っていました。モンゴル出身の白鵬関がなぜ? 宇佐市は「昭和の角聖」といわれた横綱双葉山の出身地。双葉山が持つ六十九連勝の記録に、白鵬は六十三連勝まで迫りました。そのことで双葉山が再び注目された縁で、宇佐市が白鵬に就任をお願いしたそうです。
これ以外では過去一年間、東京新聞には、宇佐市に関する主だった記事は見あたりませんでした。大分県でも大きな市の一つで、有名な観光地ですが、関東地方の読者の方にとっては、どうしても遠い場所なので、記事も少なくなります。
どの地域のことを取材するか、どの地域のことを紙面に載せるかという判断も、現在、私が務めているニュースデスクの大切な仕事の一つです。
私が朝刊ニュースデスクを務めた七月七日の朝刊を例に取ります。社会面トップは、東京・渋谷で、選挙権がない十代の若者に「模擬投票」への参加を呼びかける大学生の話。日本の行く末を決める大事な参院選に関する、東京の動きです。その右ページ、私たちは第二社会面と呼んでいますが、原発事故の「除染」に携わる作業員の人たちの集会が文京区で行われたという記事がトップです。一面は、東京都北区にお住まいの日本文化研究者ドナルド・キーンさんの寄稿文がトップ記事です。このように、東京に関係する記事が多く載っています。
その一方で、一面の真ん中と、社会面の左側で、長崎原爆で被爆した山口仙二さんが亡くなられたという記事を大きく載せました。山口さんは、被爆者代表として初めて、米ニューヨークの国連総会議場で演説し、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と絶叫し、世界中に共感を呼んだ方です。
東京から遠い長崎の人ですが、核兵器の問題を語るうえでとても重要な人ですから、大きく取り上げました。さらに、山口さんを取材したことがある部下の記者に、当時の思いを書かせました。
近くの事件、遠くのできごと、小さな話題、大きな問題。どれを取材して何を載せるのか、頭をひねる毎日です。
(東京新聞 社会部 部次長〔前・したまち支局長〕
すまいるたうん256号