一つの記事を書くために、膨大な量の取材をしたり、たくさんの人を訪ね歩いたりすることはよくあります。一人の方に、何度も何度も会って、粘り強く話を聞くこともあります。手間をかけた取材ほど、記事に書ききれない裏話、こぼれ話は、あると言えばたくさんあります。

そうした裏話やこぼれ話を「面白そうだから話して下さい」と頼まれたこともありますが、やんわりお断りしています。

私たち新聞記者がいろいろな人に会って話を聞き、いろいろな所を訪ね歩いて情報を集めるのは、すべて新聞をご購読いただいている方にお届けする記事を書くためです。裏話とか記事に書けなかったことを、記事以外の所で公表するのは、読者のみなさまに失礼だと思うからです。そもそも、記事に書かなかったことは、書いたことと比べて重要度が低いことか、裏付けが取れていなくて事実かどうか分からないことなどです。

このミニコミの記事も、南千住に関することなら、新聞に書いていないことも書いていますが、基本的には、記事の補足説明や、私の考えを書いています。いわゆる裏話などは書いていません。

かといって、裏話やこぼれ話を、その後も書かないわけではありません。取材で聞いた話で、これは広くお伝えしたいと考えれば、なるべく記事にしようと、追加の取材や裏付け取材を重ねて、何とか記事にする工夫をします。

また、記事にすることで、取材対象の人に迷惑がかかる場合があります。たとえその人に迷惑をかけるとしても、それを読者のみなさまにお知らせすることが大切なのか、そうまでしてお伝えする内容ではないと考えて記事に書かないのか、その時々の判断になります。

迷惑はかけたくないが、ぜひ読者にお伝えするべきだ、ということもあります。その時は、記事にできる時期やタイミングをじっくり待ったり、取材相手と粘り強く交渉したりして、何とか紙面に載せる方法を模索します。

前置きが長くなりましたが、一つの記事が出るまでには、いろいろな試行錯誤がある、ということです。

私は、六月一日の朝刊一面トップで、「液状化被害2年/地盤改良 戻った笑顔」という記事を書きました。東日本大震災で大変な液状化被害を受けた、東京都江戸川区の住民についての記事です。

デスクになると、自分で取材して記事を書く機会は少なくなります。久しぶりに朝刊一面トップで、自分の署名記事を載せられました。

この記事も、デスク勤務の合間を縫って取材を重ね、試行錯誤の末に紙面に載りました。冒頭に書いた通り「裏話」はしない主義ですので、どんな経緯かは書きませんが、私にとって、非常に思い入れのある記事のひとつとなりました。

この記事が載った日は、私が朝刊担当ニュースデスクでしたが、新聞記事は、書いた記者以外の複数のデスクが目を通した上で紙面に載せるべきものなので、自分で書いたこの記事は、別のデスクにチェックしてもらいました。

同じ日の社会面トップには「ツリー足元 受信障害」という記事が載っています。東京スカイツリーからのテレビ放送が始まった初日に、ツリーの足元である墨田区や台東区、江戸川区の、本来なら受信障害が起きるはずがないケーブルテレビの契約先で、少なくとも二千二百件の受信障害が起きているという特ダネ記事です。この記事は、現在のしたまち支局長、つまり私の後任者である井上が、取材して記事を書きました。

井上も私も、部下を指揮して原稿をチェックするのが本職ですが、どんな立場になっても、地道にネタを探して記事を書く現場記者の気持ちを、常に忘れずにいたいと思っています。

(東京新聞 社会部 部次長〔前・したまち支局長〕 榎本哲也)

すまいるたうん253号