「ベタ記事」の話をしましょう。

大型連休明けの五月八日の朝刊したまち版に、こんな記事が載りました。

「荒川区長選は十一月十一日投票」

たった八行の小さな記事なので、覚えていない方もいらっしゃるでしょう。

新聞は、紙面を横十五段に区切って、記事をレイアウトしています。記事には見出しが付きますが、縦の見出しは、三段の長さなら「三段見出し」と呼びます。一段見出しが「ベタ見出し」。その見出しの記事が「ベタ記事」です。つまり、いちばん扱いが小さい記事のことです。

かつて新聞を鉛の活字で作っていたころ、文字と文字、行と行の間をあけず、ぴったり組むことを「べた組み」と呼んでいたのが語源です。コンピューターで新聞を作る今でも使う言葉です。

で、先ほどの記事です。

七日に荒川区選挙管理委員会が開かれ、荒川区長選の日程が決まったという記事です。味も素っ気もない単なるお知らせ記事ですが、こんな記事でも、掲載する際には、結果として記事に書かないことも含め、いろいろなことを確認取材して書いているんです。

まず、決めるにあたり、荒川区選管で異論・反論がなかったかどうかです。

今回は特に議論もなく決まったのですが、まれに意見が分かれます。

最近の例は、三年前の東京都議会議員選挙の日程です。

東京都選挙管理委員会は、この年の七月十二日投開票で決めようとしましたが、委員四人のうち一人が、「七月五日投開票」を主張しました。話し合いはまとまらず、「挙手」による多数決で「七月十二日」で落ち着きました。都選管では過去に例がない珍しいことだったそうです。

当時、国会では、いつ衆院解散・総選挙があってもいい情勢でした。総選挙をすれば民主党の勝利、政権交代がおこる可能性が高まっていました(事実、そうなりました)。

当然、当時の都議会の民主党は、国の政治の勢いを、できるだけ都議選に生かしたい。そのためには衆院選となるべく近い日、できれば同日選で行いたいと考えたでしょう。

逆に自民や公明などは、国の政治の影響をなるべく少なくしたい、そのためには、衆院選と都議選をなるべく引き離したい。きっと、こう考えたと思います。

この思惑の違いで、四人の委員の間で意見が分かれたのです。「七月五日」を主張したのは、民主党が推薦して就任した委員でした。

こういうこともあるので、選挙管理委員会が決めたことを記事にする時は、その理由や経緯も大切なのです。

また、八行の記事の最後に「立候補を表明している人はいない」とありますが、これも大切な情報で、いくつかの取材をした上で書いています。

実は、小さい記事には、大切な情報がたくさん詰まっていることが多いんです、したまち版の下の方に載っている、「情報コーナー」という行事のお知らせ記事なんて、その典型でしょう。何日の何時にどこで何が行われるのか、問い合わせの電話番号は。どれも必要で、間違えれば多くの人に大変なご迷惑をかけます。

二十年ほど前の東京新聞編集局長が書いた、「ベタ記事恐るべし」という本があります。私は、この本の題名が、記者を続けるほど、強く実感しています。

小さな記事、簡単な内容の記事など、つい適当にちゃっちゃっと片付けてしまおうと思ってしまいそうですが、その油断がミスや誤解を生むのです。

これから、十八~二十日には浅草三社祭、直後の二十二日には、いよいよ東京スカイツリーが開業します。大きなニュースが続きますが、こんな時こそ、小さな記事を大切にするよう心がけ、気を引き締めたいと思っています。

(東京新聞したまち支局長 榎本哲也)

すまいるたうん214号