「支局は大きな節目を終え、一息ついたら…」と先月、この欄で書きましたが、一息つく暇はありませんでした。こんどは、台東区にある上野動物園のパンダに、赤ちゃんが生まれました。

六月初めごろから、メスの「シンシン」は食欲が落ちるなど、妊娠特有の現象がありました。ですが、人間ならおおむね十月十日といわれる妊娠期間が、パンダはバラバラなんです。早くて八十日、長いと二百日以上。しかもパンダは「偽妊娠」といわれる、妊娠していないのに妊娠そっくりの現象がみられることが、かなり高い確率であるそうです。

「早ければ七夕のころ」という関係者の見通しがあったので、七月に入ってから警戒は続けていました。でも、パンダの赤ちゃんはとても小さく、生まれても、飼育係すら、すぐには見つけられなかったそうです。五日午後の「出産」の一報は、何の前触れもなく、突然でした。

上野動物園は、したまち支局の重要な取材テーマの一つです。中でも大事なのが、パンダの取材です。

一九七二年以来、上野動物園は日本でいちばんパンダ飼育の実績を持っています。パンダがいるかいないかで、上野周辺の観光客の数が大きく変わり、景気も左右していると言われます。

パンダは、外交にも深く関係しています。中国の一部地域にしか生息しない、愛くるしく人気が高い動物なので、中国が外国へパンダを貸し出す際には、相手国とのさまざまな政治的な取り引きがあると言われます。パンダは、単なる楽しい話題にとどまらず、地域経済から国際政治にまでかかわるニュースなのです。

したまち支局の上野動物園担当記者は、昨年二月にパンダが来日するよりもずっと以前から取材を進めていました。パンダの取材と言うと楽しそうに思われがちですが、苦労も多いのです。

パンダは日中の外交と深く関わっている、言わば「国賓」です。それを世話する飼育係は、とても重い責任を課せられているのです。支局の担当記者でも、上野動物園に五人いる「パンダ班」の飼育係に、そうしょっちゅうは会えません。ふだんは広報担当者などに話を聞きますが、それではじゅうぶんな記事は書けませんので、いろいろな関係者を取材します。記者自身がこまめにパンダの姿を見ることも大切なので、一般のお客さんと同じように入場しています。ここで役立つのが上野動物園の年間パスポート。二千四百円と、通常料金の四回分で、一年間、入場できます。私も買いました。

こうして重ねた取材が、急に訪れた出産の記事に生かされています。

出産を伝える六日の朝刊には、上野の二頭は、上野の飼育係が、中国まで出向いて、たくさんいるパンダの中から、元気な赤ちゃんを産めるだろうと見込んで、自ら選んだ二頭だったことなどを紹介しました。性別がオスと分かったことを伝えた八日の朝刊では、パンダの性別を確認するのはとても難しく、上野動物園でも昔、オスだと思った赤ちゃんが三歳になってからメスと分かったというエピソードも紹介しています。

こうした記事を、ニュースがあったその日に掲載できるのも、長い取材の蓄積があればこそです。上野動物園担当記者と言っても、他のさまざまな取材をこなし、毎日のしたまち版の記事も書いています。この記者は荒川区も担当しており、昨年は計画停電の取材に追われました。

そのパンダの赤ちゃんですが、十一日に死んでしまいました。パンダの赤ちゃんを人間があまり介入せず、母親が育てて成長させるのはとても難しく、特にお母さんが初産で成長する確率は三~四割だそうです。悲しいことですが、来年以降、次の赤ちゃん誕生に向けて、地道に取材を続け、新しい動きを紙面でお伝えしていこうと思います。

(東京新聞したまち支局長 榎本哲也)

すまいるたうん220号