この日も「死神」でした。日本の宝と崇められても、いつもと変わらず、得意のネタで笑わせてくれる。さす
が、と思いました。
落語家の柳家小三治さんです。先日、東京・王子の「北とぴあ」での落語会に行ってきました。落語家として
は三人目の人間国宝認定が決まった直後の落語会となりました。たまたまチケットを買っていたので、とても幸
運でした。
この日は親子会。弟子の柳家三三さんが出演しました。先日、四十歳になったばかりです。穏やかでとぼけた
語り口で笑わせながら、落ち着いた振る舞いで、広い会場を穏やかな空気で包んでくれました。マクラでは若手
らしい軽妙なしゃべりで楽しませますが、ネタの「笠碁」に入ると、私たちを江戸時代の空気に引き込んでくれ
ます。古典落語が得意な若手はほかにもいますが、三三さんはまさに脈々と受け継がれてきた江戸落語を噺せる
正統派だと私は思います。
三三さんのあと、柳家そのじさんの寄席囃子をはさんで、小三治さんの登場です。客席からは「人間国宝!」
などの声援が飛びましたが、ご本人は人間国宝のことにはひと言も触れずに、いつものようにマクラで笑わせた
あと、冒頭に書いたとおり、「死神」を口演しました。カネが無くて嘆いている男の前に、死神が現れるお話
は、小三治さんの得意ネタ。小三治ファンの私が、生の講座で聴くのは、これが三度目です。何度聴いても、こ
の人の死神は恐い。恐くて面白い。同じネタを何度聴いても引き込まれる話芸は、国宝にふさわしい。人間国宝
認定が決まった直後でも、いつも通りの自然体。大満足でした。
さて、落語のことばかり書いてしまいました。笑いでエネルギーを蓄えて、しっかり仕事もしています。
私がデスクとして携わった最近の紙面で、印象に残った記事のひとつが、八月五日の朝刊社会面、「合格通知
今さら?」という記事です。
今年二月に都立高を受験して不合格となり、私立高に進学した生徒のもとに、八月、「追加合格」の通知が届
いたのです。都立高の入試採点ミスが相次いで発覚しており、すでに十八人が誤って不合格とされたと発表され
ています。ところが、その後も東京都教育委員会が答案の点検をしたところ、さらなる採点ミスがみつかり、
誤って不合格とされた生徒がさらに増えることがわかったのです。
この生徒もその一人です。今春の高校受験で、私立高を併願せず、都立一本で受験に臨んで、不合格となり、
二次募集で受験した私立高に進学しました。
そして八月、夏休みになってから突然、第一志望だった都立高から「おわび」の言葉とともに届いた追加合格
の知らせ。すでに私立での学校生活が始まり、一学期を終えたあとです。生徒の保護者は「子どもが受けた
ショックは取り返しがつかない」と怒っています。
私も都立高の出身です。私立も受験しましたが、第一志望は都立でした。五十歳を過ぎた今も時々酒を飲んで
語り合う親友、剣道部で指導をしていただいた先生や先輩など、数多く出会いが高校でありました。あの高校に
入れなければ、全く違う人生になったと思います。
そんな人生を左右する、入試の採点を間違えてしまい、それを誰もチェックできなかった。なぜなのでしょう
か。
そのような重大なミスが起こってしまう原因は、高校や教育委員会という組織にあるのでしょうか。それと
も、私たちが暮らす社会そのもののどこかに、ゆがみが出ているのでしょうか。
さまざまな問題の背景に何があるのか、できる限り深く取材していかなければ、と考えています。
(東京新聞 社会部 部次長〔前・したまち支局長〕 榎本哲也)