「どこがフォルテシモで、どこがピアニシモなの? この人の声が聞こえないんだから、どこがフォルテシモか、分かるように書かなくっちゃ」
何のことか意味不明ですよね。ある日、後輩記者の原稿をチェックしている時に、ふいに出た言葉です。
後輩への取材の指示や原稿の指導が日常業務の私ですが、未熟者です。今月、記者になって二十八年目に入りましたが、未だに、取材で大事なことを聞きそびれたり、原稿がうまく書けなかったりします。そんな私でも、後輩を指示したり叱ったりしなければなりません。
そんな、自分の口から出た後輩への指示や指導の言葉に、自分で「あ、そうか」と気づかされることがあります。
冒頭の言葉に戻ります。どちらも音楽の楽譜に使う記号の名前で、フォルテシモは「非常に強く」、ピアニシモは「非常に弱く」です。注意した部下がピアノがうまいので、こんな例えをしました。
「原稿に登場する人のコメントが、だらだらと長すぎて、どこが大事なポイント(フォルテシモ)かわかりにくい。コメントのどこを読者に伝えたいのかを絞って、あまり大事じゃないこと(ピアニシモ)は削って、短く簡潔に書きなさい」。ちゃんと言うと、そういう指導をしたわけです。ちょっと突拍子な例えで、後輩記者に伝わったかどうか分かりませんが、言った私自身が内心、「あ、これって、自分も守れていないな」と反省しました。
苦労して取材した相手のコメントは、全部書きたいと思いがちですが、限られた紙面では、大事なことに絞って書かなければなりません。
中身の濃い新聞をつくれるよう、日々、心がけたいと思います。
これとは別の日、別の後輩記者から、落語を知らないけど、興味がある、お勧めはありますか? と質問されました。
私も落語好きといってもそれほど詳しくありませんが、「披露興行に行くといい。今、ちょうど春の真打ち披露興行をやっているよ」と教えました。
披露興行では、真打ちに昇任したり、伝統ある名前を襲名したりした、その日の主役の落語家(「主任」と言います)のほかに、その人の師匠や、落語協会など所属団体の役員が多数、出演します。いわゆる大物落語家の噺を、いちどに聞くことができるので、お勧めです。
私も先日の休みに、真打ち披露興行に行きました。新宿の鈴本演芸場で、その日の主任、つまり新しい真打ちは、桂やまとさんでした。
この方、荒川区西尾久のご出身です。西尾久保育園、尾久西小学校、荒川区立第七中、白鴎高校を経て、中央大学で心理学を専攻。認定心理士という資格を持つ、異色の経歴だそうです。ちなみに披露興行の口上では、師匠の桂才賀さんから、「そんな資格、(落語の世界では) 屁のつっかい棒にもなりませんがね」と、からかわれていましたが…。
二ツ目時代は「桂才紫」という名前で、真打ち昇進を機に、三代目「桂やまと」を襲名しました。落語家には珍しいひらがなですが、八十九年ぶりに復活した、由緒ある名跡だそうです。
この日の披露興行で、やまとさんは、「妾馬(めかんま)」を披露しました。大名に見初められ、跡取りとなる男の子を生んだお鶴という女性の兄、八五郎が、お祝いの挨拶に訪れるという内容です。
やまとさんは三十九歳とまだ若いのに、お調子者の八五郎、八五郎に振り回される田中三太夫、どっしり落ち着いた大名・赤井御門守という、タイプの違う登場人物を、みごとに演じ分けました。
とてもよく通る声の持ち主で、これは落語家の武器になると思いました。荒川区出身の新しい真打ちがどう成長していくのか、楽しみです。
(東京新聞 社会部 部次長〔前・したまち支局長〕 榎本哲也)