時代小説と歴史小説       編集委員(元したまち支局長)
植木幹雄
新年明けましておめでとうございます。本年も変わらず、東京新聞を宜しくお願いいたします。このコーナーを復活して二度目の新年を迎えましたが、歴史物の要望が多く、新年そうそう、歴史の話になることをお許しください。
お正月は、テレビも広告減の影響で予算をかけない番組が増えたせいか、面白くなく、読書の時間が増えた方も多いでしょう。かくいう私もその一人。
読むのは歴史かドキュメント関係が主体ですが、歴史物といっても、歴史の取り上げ方は千差万別。そこで不十分な知識ながら、時代小説と、歴史小説の違いをちょっと書いてみようと思います。
時代小説は幅広く、時代背景だけはそのままに、架空の人物が活躍する物語だったり、実在の人物は出てくるが、筆者の想像力を最大限発揮させ、娯楽性を高めたものと考えればいいでしょう。藤沢周平さんの用心棒シリーズや、映画になった「たそがれ清兵衛」などもそうですし、銭形平次や水戸黄門、吉宗を扱ったドラマが典型的。何しろ黄門さまこと光圀は領地から出たことがないのですから、何故こうなったのか。
歴史小説は文献や、研究者、子孫などから綿密な取材を重ね、史実に近い形で構成した小説です。戊辰史では、直木賞作家中村彰彦氏に傾倒しているので、彼の手法を紹介しましょう。 いくら正確に書こうとしても、人の生き方も事件も史実として残っているのは断片に過ぎません。断片と断片をつなぐのに、可能な限り史実に近いと思われる出来事、やりとりを挟み、歴史の空白を埋めていきます。
どうせはっきりしていない部分なのだからと、思い切りドラマチックに書き込む人と、中村氏のように考えられるさまざまな推論を列挙し、この時の社会情勢や、主人公に近い人物の動きなどから可能性の低いものを消去し、最も可能性の高い推論で埋めていくやり方がります。これはもう気が遠くなる作業です。これによって主人公と周辺の人物との会話までが変わってきます。
それでは、司馬遼太郎はどうか。大きく評価は分かれています。例えば「坂の上の雲」で旅順攻略に向かった乃木希典第三軍司令官の扱いは、かなり厳しいものがありますが、実際には専門家にも賛否両論があります。日本騎兵が世界最強のコサック騎兵を破ったというのも、騎兵戦で勝ったわけではなく、馬から降り、新式火器を生かした歩兵戦で勝ったというのが史実に近そうです。また、海軍が旅順市街地の座標図を作り、陸砲できめ細かな山越えの砲撃を行い、大きな被害を与えていたことにも触れていません。でも多くの人が史実と思っているでしょう。
司馬さんは、坂の上の雲が映像化されるのを嫌いました。これは、前述の理由からではなく、映像の脚色により、いかにでも明治からの軍事大国化を美化する理由として正当化されてしまいそうという危惧を持っていたからと言われます。
一昨年から毎年十二月に、三年がかりで放映するドラマを見て、小説と異なる映像も目につき、何となくうなづきました。
そうなのです。歴史小説は、史実に近づけて構成されているため、推定部分も含め、全体を史実と思わせてしまう危険性があります。映像はそれに輪をかけます。
しかも、歴史小説か時代小説かの区別がつきにくい作品も多く、歴史小説でも、かなり大ざっぱな作品が多く、素人の私ですら誤った解釈の本からの引用を見つけ、唖然とすることがあります。
ショックを受けたのは、昭和十六年十一月に出版された一冊の本。そう、太平洋戦争開戦の直前に出版された「会津戦争」を読むと、会津の人々が老若男女、職業を問わず、徳川と藩を守るため、いかに勇ましく命を惜しまず戦ったかを、これでもか、という書き方で美化しています。それまで、朝敵としてさげすまれていたのに。さて、表紙の揮ごうは戦争への道を歩み始めたころの首相・近衛文麿、推薦は陸海軍の大将連。そう、戦意高揚に利用しただけです。徳川を天皇、藩を日本に置き換えると極めてよくわかります。
また、歴史の学術書ですら、筆者の主観、参考出典の原本の違いや原本の解釈により、全く正反対の記述がしばしば見られます。
でも、時代劇も、小説も読んでいて楽しいものです。そんなわけで、時代小説は手短な娯楽。歴史小説も書かれた当時の時代背景、誰を主人公にしているか、必ず脚色がある、ということを頭に入れて楽しみましょう。