二〇一三年の最後の夕刊は、十二月二十八日の土曜に皆さまにお届けしました。この夕刊に、私が書いた記事が社会面のトップで掲載されました。「両親救った奇跡に感謝」という見出しの記事です。
記事の主役は、カナダで数学を教えている大学教授。この方のご両親はポーランドに住んでいたユダヤ人です。
第二次世界大戦中、この方のご両親は、ユダヤ人迫害を行ったナチスドイツから逃げるため、隣国リトアニアに逃れ、そこの日本領事館で、日本の外交官からビザを発給してもらい、日本に逃れることができたのです。その外交官こそ、多くのユダヤ難民を救った「命のビザ」で知られている、杉原千畝(ちうね)さん。そのビザで命を救われた数多くのユダヤ人のうちの二人が、この人のご両親だったのです。この大学教授が来日して、ご両親ゆかりの地のひとつ、横浜を訪れた際に、私が取材しました。
私は、これまでにも杉原千畝さんについての記事を、折に触れ、書いています。最初の取材が一九九四年でした。長く取材をする中で、さまざまな人々とのご縁があり、この教授の来日についても取材することができました。
以前には、杉原さんに関する長期の連載記事を、私を含む取材班で書いたこともあります。この連載は、のちに本にもなっています。「自由への逃走―杉原ビザとユダヤ人」という題名です。古い本なので書店にはないと思いますが、荒川区役所の近くの荒川図書館には一冊、置いていただいているようです。もし機会があれば、読んでみて下さい。
さて、二〇一三年の暮れには、ご存じの通り、猪瀬直樹氏が就任からわずか一年で東京都知事を辞職するという、前代未聞の事態が起きました。
猪瀬氏が徳洲会グループから五千万円の資金提供を受けていたことは、大きな問題です。選挙で選ばれる政治家が、その選挙の直前に、都知事の職務権限と関係する組織の人から、巨額のお金を受け取ったのですから。政治家は、もらうにせよ借りるにせよ、お金を受け取ることには極めて慎重にしなければならないと思います。
この原稿を書いている時点で、どのような立候補者の顔ぶれで都知事選が行われるのか、構図は見えていません。都知事の権力は非常に大きく、その責任は重大です。都民のみなさんの暮らしはもちろん、首都のトップですから、日本全体の将来も左右する、そんな重要な人を、都民のみなさんが選ぶ。とても大事な選挙です。慎重に考えて一票を投じていただきたいと思います。
都知事選の取材には、都庁担当はじめ、たくさんの記者が取り組んでいます。ニュースデスクの私も、日々のデスクとしての取材指示や原稿チェックのほか、投票日に向けた事務的な準備も進めています。忙しい年明けです。好きな落語に行く機会も、少し減りそうです。実は二〇一三年の暮れに、三遊亭鳳楽さんの落語を聞きに行くつもりでいたのですが、仕事で行けませんでした。
たくさんいい記事を書いて、書かせて、たくさん笑える一年にしたいと思います。
最後に、私事で恐縮ですが、小学生時代から続けていた剣道の稽古を、二十数年ぶりに再開しました。二十歳で三段になりましたが、大学卒業後はほとんど稽古をしていませんでした。再開してみて、運動不足の五十代の身にきついですが、面を付けて竹刀を構えて気持ちが引き締まる、その心地よさを味わいたくて、週一回くらいは時間をつくって道場に通っています。四段に昇段できるよう、精進したいと思います。
末筆ながら、みなさまが本年、ご健康で幸多きことをお祈り申し上げます。あらためまして、ご愛読いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
(東京新聞 社会部 部次長  〔前・したまち支局長〕 榎本哲也

すまいるたうん274号