◎原爆と原発の関係 編集委員(元したまち支局長)
植木幹雄
福島第一原発の事故は、発生から三カ月たった今も、一進一退なのか、前進しているのか、素人には全く分からない状況です。原子力発電を考える意味でも今回はその歴史をさかのぼってみました。
原爆と原発を同じ土俵で扱うのはおかしいという考え方もありますが、歴史は正直です。
原爆・原発の基本となるウランの核分裂エネルギーは一九三三年、ドイツの大学で学んだユダヤ系ハンガリー人の物理学者レオ・シラードが考え出し、裏付けの発見は三八年にベルリンにある大学の科学者といわれています。しかし、この時期イタリア、イギリス、フランス、日本などでも研究は進み、ある科学者は兵器利用を恐れて発見を公表しなかった、と記述している書物もあります。
シラードはその後米国に亡命し、ドイツが原爆開発に着手しているとして、すでに世界的な物理学者で、知遇のあったアインシュタインを通してルーズベルト大統領に核兵器開発を進言します。ここからは、多くの方が知っていると思いますが、軍によってマンハッタン計画として具体化され、ロスアラモス研究所が誕生し、やはりユダヤ系米国人で、天才物理学者といわれたオッペンハイマーの指揮の下、原爆は完成されます。
この時、シラードら多くの科学者は、あくまで日本には「脅し」として、離れ小島での実験に日本政府高官を呼んで見せれば日本は降伏すると主張しましたが、オッペンハイマーは実戦での使用を主張したといわれ、軍の方針通り、広島、長崎に原爆が落とされます。
しかし、結果の悲惨さに、オッペンハイマーは「私の手は血で汚れた」と悔やみ、のちに旧ソビエトに情報を流したスパイの疑いがかけられ、不遇な人生を送ります。仲介したアインシュタインも積極的な核兵器反対論を展開します。
さて、核心はここからです。旧ソビエトが四九年に追いつきます。元もと開発を進めていたうえ、米英から情報を入手していました。ここに東西冷戦の本格的な構造ができました。
四七年ごろには、すでに核分裂をエネルギーに変える原子力発電の技術ができていましたが、五三年十二月、アイゼンハワー大統領は、突然核の平和利用を世界にアピールします。くしくも若き日の中曽根康弘(元首相)氏がアピールの直前まで長期間米国に滞在しており、帰国後原子炉建設予算案を提出、可決されています。しかし、五四年三月、有名な第五福竜丸が米国のビキニ環礁で行った水爆実験で被爆する事件が起きます。もし予算案提出がこの被爆事件以降だったらどうなっていたか。
また、中曽根氏が帰国後すぐに予算案を提出した手際の良さ。さらに米国は当初原発技術を第二次世界大戦で敵だった日本と、当時の西ドイツには提供をためらい、日本初の東海原発は英国の技術で造ったくらいです。その後米国が日本の原発に協力した背景は謎が多く、推測の域をでません。何しろ書物によっては、朝鮮戦争の経験から米国は日本を核保有国にするために日本の原子力産業を育てようとしたとか、CIA極東支部が日本の有力者と駆け引きを続けた末、と記述した書物もあり、かなり政治的な動きがあったことを伺わせます。
とまあ、こんな流れです。
その原発ですが、仕組みは蒸気機関車とほぼ同じ。蒸気の力で機関車はピストンを。発電所は蒸気でタービンを回して発電するという単純なものですが、この燃料に石油、石炭を使うか、濃縮ウランを使うかによって、機械の複雑さが大きく変わってきます。何しろ原発の原理は原爆と同じで、核分裂を一瞬に引き起こすか、時間を掛けて、ゆっくり分裂させるかの違いです。大量の熱を放出するという原発の効率の良さは、制御不能になると、簡単には止まってくれない欠点があります。
今回の事故がまさしくこれ。テレビの説明はやたら難しく、放射能の意味も混同している場合もあります。分かりやすく言えば、放射能とは放射線を放出する力で、例えばシーベルトとは放射線による人体への影響度合いを表す単位、ベクレルというのは放射性物質が放射線を出す能力を表す単位です。ベクレルをシーベルトに置き換える計算もありますが、放射性物質により係数が異なるのでここでは割愛します。どっちにしても、危険な物には違いがありません。
原子炉は圧力容器、格納容器など五重の壁で守られ安全、と教え込まれ、さらに最後の壁として放射線は距離の二乗に反比例して減っていくから、東京は安全と言われていましたが、水素爆発によって放射性物質は神奈川県にまで飛来し、もろくも崩れました。
あまり知られていませんが、原子力委員会がまとめた原子炉設置のめやすで、人口密集地から離れていることを条件の一つとしており、はなから原発周辺住民は「事故が起きたらごめんなさい」というわけですが、見直しが迫られそうです。
どうも、東京では原発事故の怖さがあまりピンとこない人も多いようですが、100パーセント安全とは言い切れないことを頭に入れておく必要がありそうです。とはいえ、電力は家庭生活、産業に重要な役割を果たしています。原発を残すならどうするか、脱原発を目指すならどうすべきか、今問われています。