ひとつの道にこだわる。どのような分野でも、難しいことであり、すばらしいことです。

今月はサッカーワールドカップ(W杯)が開催されていますが、私が日本のサッカー選手で、以前は特に 好きでなかったのに、最近は応援しているのが、三浦知良選手です。Jリーグ発足以来、日本のサッカーを引っ張り続け、W杯本大会に出場できないという不運があったけれども、めげずに活躍し続け、四十七歳の今も、ひたすら「現役」にこだわり続けている姿を見ていると、よし、五十代の自分も頑張ろう、と思わせてくれます。                                                                                                             新聞記者にも、いろいろな「ひとつの道」へのこだわり方があります。六十代、七十代になっても、現役にこだわって、記事を書き続けている記者もいます。

特定の専門分野にこだわって取材している人もいます。専門知識や人脈をたくさん持っていますから、ほかの人には書けない、厚みのある原稿を書けます。

新聞記者は、専門分野に詳しいことのほか、ある意味で「素人」であることの「こだわり」も大切だと思います。

その分野の専門家や、それに関係する組織の中にいる当事者の人にとっては、当たり前のことであっても、一般の人から見ると、それって変じゃない? それっておかしくない? と感じたり、当事者たちにとっては取るに足らないことが、一般の人から見ると、いやいや、それこそいちばん大事なんじゃない? と思ったりすることがあります。そのような「素人の眼」は、中途半端な知ったかぶりをしていては、持つことができません。

自分ならではの専門分野をしっかり持っていて、それでいて専門家ぶらず、「素人の眼」から問題点や新たな視点を見つけ、それを「玄人の腕」で取材し、記事にする。これが、いちばん優秀な記者の姿なのだと思います。などと偉そうに書いている私は、とてもそのような境地に至っていない未熟者です。多少なりとも、蓄積した専門分野らしきものを生かしつつ、知ったかぶることなく、新鮮な「素人の眼」で取材に取り組むよう、自分を戒めています。

先月十二日の朝刊、毎週月曜朝刊掲載の「ニュースがわかるAtoZ」コーナーで、私は「『アンネの日記』と日本」という題名の記事を書きました。この中で、戦争中に「命のビザ」でたくさんのユダヤ難民を救った外交官、杉原千畝さんのことにも触れています。以前この欄で書きましたが、私は二十年ほど前に杉原千畝さんに関する連載記事を書き、その後も、ごくたまにですが、杉原千畝さんに関する記事を、折に触れ書いています。私のささやかな専門分野の一つです。 一方で「アンネの日記」は、本は読んだことがあるという程度で、記者としては素人です。今年、「アンネの日記」関連の本が図書館などで相次いで破られる事件があり、同じユダヤ人迫害にかかわるテーマなので関心を持ち、取材してみました。初めて取材した「アンネの日記」のことに、これまで長く取材してきた「命のビザ」のこと、ユダヤ人迫害に関する二つの歴史を、一つの記事にまとめました。どちらにも、現代の私たちにとって、大切な教訓が数多くあると思います。

先日、栃木県旧今市市の少女殺害事件の容疑者が、八年半ぶりに逮捕された日の紙面で、ニュースデスクを務めました。子どもの通学路での安全確保の難しさが、重い課題として残りました。さまざまな事件や出来事を報道する際、知ったかぶることなく、一般の人の視点を大切にしながら、教訓と言いますか、記事を読んで、社会の課題について考えるヒントを示せるような記事を、できるだけご提供できればと思っています。

(東京新聞 社会部 部次長〔前・したまち支局長〕 榎本哲也)