第101回 節目

二月三日の節分を迎え、地元天王さま「素盞雄神社」でも大勢の子供と大人が集まり午後3時・3時30分・4時・4時30分と四回豆まき(主に菓子類)が盛大に行われました。終了後は年男・年女(参加者)が直会(儀式のあとに供物や酒のお下がりを分けて飲んで食べる宴会)に出席し、そこで抽選会が行われご神酒やご饌米(神様に供えた米)が参加者に当り、賑やかなうちに終わりました。季節の移り変る節目に行われるすばらしい行事で私の子供のころも親となった今でも生活の中での心の準備の時だと思ってます。

翌日は春分で精神的にも肉体的にも明るく暖かさを感じるころで昔の人(私の先祖達)も暮しの中で節目節目で事前の準備をして時の流れに対応して生きてたためと思います。毎日毎日の積重ねが自分の生きる為のバネとなるのですから目標を立て努力しましょう。歌手の「五木ひろし」さんも「倖せを求めるならば耐えよ。喜びを求めるならば辛抱せよ。生きてゆくならば努力せよ」「人生は耐えて辛抱してその中で初めて倖せと喜びが生れる。降って沸いたような幸福はない」と書かれております。

さて、汐入の昭和62年(1987)に始まった白鬚西地区再開発事業(昔は橋場村の一部)で地方橋場と言われた汐入村、天文時代(1540)にその名があり、明治22年の町制で南千住町」となりました。平成22年(2010)の3月31日で全工事が完了し荒川区では50年ぶりの新設小学校、区立汐入東小が4月から開校します。すばらしい施設で鉄筋8階建で校舎内に屋内運動場とプールを備え、1階は幼稚園と保育園との一元化で汐入こども園と併設され幼稚園からそのまま同じ建物の小学校へ進める仕組みです。

私は老人介護施設も併設出来ればいいと考えてます。介護老人は子供達の声を聞くだけで目が輝き顔が明るくなります。妻の入居している施設でも感じます。

昔は大家族でうるさい点も多々ありましたが、人と人とのかかわりの中で文化の継承が続けられ地域では隣り近所の世話焼きジジイやババアがいて煩わしいけど人間らしい暮しがあったと思います。今はタテヨコの仕組がなくなり、若い人は若い人、老人は老人だけの仕組みが進んで一人暮しが増え、孤独死が増えてます。隣に誰が住んでいるのかもわからない地域が増え、汐入や下町が懐かしいです。汐入の家などカギをかけずに生活し、あっちの家こっちの家でお茶を飲んだり、出来たおかずをおすそ分けするなど日常行われていました。

その汐入は、コンクリートのビル群となり四千人余の人口が2万人弱の町になり生活パターンが大きく変りました。これからの町の発展に私は大きな希望を持ち、楽しみにして、人間らしい暮しのある町づくりを見守っていきます。

仙成こと杉山六郎  すまいるたうん第133号

平成22年2月13日